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ヨハネによる福音書 第20章19から20節

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その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹をお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。
ヨハネによる福音書 第20章19から20節


     

イースターは、ドイツ語で「オステルン(Ostern)」と言いますが、このことばの語源は、ゲルマン神話の春の女神の名、あるいはゲルマン人の用いた春の月名と言われています。このことから、イースターは「春」という意味を持ったことばと言えます。

今年のご復活祭は4月12日でしたが、その日は小布施では桜の花が満開に咲き乱れ、春爛漫の素晴らしい舞台設定の中で、文字通りイースターの大祝日を迎えることができました。


上記の聖書の物語は、ご復活の物語です。弟子たちは、イエス・キリストの十字架の出来事を受け入れることができずに、本当に恐れていました。

「恐れて自分たちのいる家の戸に鍵をかけて」という表現に見られるように、弟子たちは、空間的に鍵をかけて閉ざすのみではなく、彼らの心にも鍵をかけて閉じてしまい、絶望的、悲観的な状況の中にいました。

その時、そこへイエスさまが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた、と聖書は記しています。そして「イエスは、手とわき腹をお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ」と続きます。


ところで、自分たちのいるいる家の戸に鍵をかけていたのにもかかわらず、イエスさまが来られたというのですから、"幽霊"と思ったとしても不思議はありません。しかし「手とわき腹をお見せになった」とありますから、幽霊ではなかったのでしょう。それに、もしも幽霊だったら、弟子たちは喜ばなかったでしょう。

それでは、この出来事をどのように見たらよいのでしょうか。

結論から言いますと、この話は、弟子たちの心の動きが記されており、弟子たちの「復活体験」が語られていると考えます。


新生病院
チャプレン(牧師)
司祭 松本正俊

弟子たちは、イエス・キリストの十字架の出来事を受け入れることができず、恐怖感、絶望感、閉塞感で家の中にいたのです。

しかし、皮肉(?)なこと、不思議なことに、この体験を通して、主イエス・キリストの十字架の出来事と意味を受容し、きちんと向き合うことができ、その結果、復活されたキリストに出会い、「主を見て喜んだ」のでした。

これが弟子たちの「復活体験」です。


言うまでもありませんが、主のご復活は十字架の出来事が前提です。キリストの十字架の出来事、意味から逃避したり、拒否したり、受容できなかったら、主のご復活はないといっていいと思います。

弟子たちは「十字架」を受容することによって、敗北に見えた十字架が実は力ある勝利であり、十字架の死から新しい生(新生)へ、絶望から希望へ、暗闇から光へと、輝かしい主イエス・キリストの復活の生命にあずかることがてきるようになったのでした。



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