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第1ヨハネの手紙 第3章16節

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「イエスは、わたしたちのために、死んでくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。」
第1ヨハネの手紙 第3章16節


     

8月という月には、広島、長崎原爆投下の日や終戦記念日があり、原爆犠牲者や戦没者の慰霊、魂の平安を祈りました。また、第2週はお盆の週ということで、家族・身内が揃ってご先祖様のために祈るという行事がありました。

つまり、8月は<死者の月><死者を想う月>といっていい月で、私達の想いを死とか死者という事柄に目を向けさせてくれる月だったと思います。


「メメント・モリ」 ということばがあります。

これはラテン語で「メメント」は想い出す、覚えているなどのことばの命令形、「モリ」は死ぬ、死ぬことという意味です。
ですから「メメント・モリ」は

「(自分がいつかは)死ぬということを覚えていなさい」
「(自分が)死ぬということを忘れないようにしなさい」

という意味内容のことばなのです。
このことばの背景は、14世紀中頃のヨーロッパでペストが大流行し、多くの方が亡くなられ、人々は不安と恐怖に襲われるという緊張の中で語られたということです。


新生病院
チャプレン(牧師)
司祭 松本正俊

1978年にJ.K.ガルブレイズという人が『不確実性の時代』という本を世に出し、この頃から多くの人が言い出した言い方があります。
それは

「不確実性の時代において唯一確実なものがある。それは『人はすべて死ぬ』ということである」

という言い方です。
このことは老若男女誰でも知っています。ところが誰も自分が「いつ死ぬか」を知りません。
それで私達は普段つきつめて、自分の死のイメージや死生観を想ったり考えたりしないのです。

また、「メメント・ビブレ」(生きることを想え)という正に現代文明の主流で「若さ」と「不老」を主張する人間賛歌の歌声といっていい風潮の中で「死」はタブー視され、なかなか自分の死が意識の前面に出てきません。

自分も死ぬんだということを忘れてしまうというのが私達の実体だと思われます。


そのような状況下で8月にさまざまに死を想うことが出来たというのは、私達にとって大切なことだったのではないか、と思います。

緊迫した中世の歴史の背景のことば「メメント・モリ」は、状況が違いますが現代に向けて中世が発信している警句のように私には思われてならないのです。


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