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小布施日和

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チャプレンからのメッセージ

あるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い
ルカによる福音書 10:33

     

 皆様は、善いサマリア人のお話を知っていますか。 当時ユダヤ人は、サマリア人を毛嫌いしていました。 しかし、あるサマリア人は、追いはぎに襲われて、死にかけているユダヤ人を見てほっておくことができず、 近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱します。 そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、 宿屋の主人に渡して『この人を介抱してください。 費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』と言います。
 イエス様は、私たちに、このサマリア人と同じようにしなさいと語られますが、 これは、単に、「善い行いをしなさい」という意味ではありません。 そうではなくて、もし、あなたがサマリア人を毛嫌いするように、たとえ、 あなたが神様を毛嫌いし、神様のことを裏切り、神様の前で罪をおかしたとしても、 神様は、あなたが、傷だらけの状態にあったら、けっして、あなたを見捨てず、 あなたを愛しているということ、このサマリア人のように、神様は、私たちが大変な状態にあるとき、 必ず、愛される方であるから、あなたたちは、その神様の無条件の愛、条件をつけない愛に感謝し、 その神様を賛美し、そして、神様を同じように愛しなさいということです。 そして、隣人も同じように、無条件に、条件をつけずに愛しなさいということです。

善いサマリア人のお話の直前に、 『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、 また、隣人を自分のように愛しなさい』という言葉が出てきます。 これは、自分が中心となる言葉ではありません。そうではなく、神様が中心となる言葉です。 神様の無条件の愛、条件をつけない愛があるからこそ、私たちは、神様を愛し、 隣人を愛することができるということです。
キリスト教では、「悔い改める」はとても大切な言葉ですが、 これは「反省する」というような意味ではなく、「目線を移してみる」という意味です。 そして、この善いサマリア人のお話は、単に善い行いをすること、 すなわち、困っていない人が困っている誰かを助けるというような上から下へのお話ではなく、 本当の自分から背伸びをして浮き上がっていた目線を、自分の痛みを認めるところに据え直すということ、 「低みに立ち返る」ということ、人の痛みと自分の痛みを共有することの大切さが語られています。 つまり、自分は、死にかけているユダヤ人であったという目線の大切さをイエス様は語りかけていると思います。

<新生礼拝堂牧師 司祭 ヨセフ石田雅嗣>